信心過ぎて極楽を通り越す
読み方
しんじん すぎて ごくらく を とおりこす意味
信仰心であっても、度を越して熱心になりすぎると、かえって本来の目的や健全な判断を失い、よくない結果を招くというたとえ。一般に、どんなに良いことでも「過ぎる」ことはよくない、という意味で使う。由来
成立した正確な年・初出は不明。仏教で、阿弥陀仏を信じる者が死後に往生するとされる安楽な世界「極楽」を素材にした表現である。極楽へ行くための信心が度を過ぎ、かえって極楽さえ通り越してしまう、という逆説的な比喩から、過度な信心や行き過ぎ一般を戒めることわざとなった。備考
「信心」は宗教を信じる心。「極楽」は仏教で死後に往生するとされる理想世界をいう。現在は宗教の話に限らず、善意・努力・規則などが行き過ぎる場合にも用いる。例文
- 健康のための食事制限も、栄養不足になるほどでは信心過ぎて極楽を通り越すだ。
- 規則を守るのは大切だが、細部にこだわって仕事が進まないのでは、信心過ぎて極楽を通り越している。
- 子どもの将来を心配するあまり予定をすべて管理するのは、信心過ぎて極楽を通り越すことになりかねない。
類義語
- 過ぎたるは及ばざるがごとし
- 何事も過ぎたるは及ばざるがごとし
- 過ぎたるは猶及ばざるが如し