十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人
読み方
とお で しんどう、じゅうご で さいし、はたち すぎれば ただ の ひと意味
幼少期に「神童」と呼ばれ、15歳ごろには「才子」と評価された人でも、20歳を過ぎるころには周囲との差が目立たなくなり、普通の人になってしまうことがある、という意味。早くから才能を示すことが、必ずしも成人後の大成を保証するわけではないという戒めを表す。由来
正確な作者や初出は確定していない。江戸時代後期(18世紀末〜19世紀初め)に活躍した狂歌師・大田南畝(蜀山人、1749〜1823)の作とする説が広く知られるが、確かな典拠は乏しい。江戸後期ごろから、早熟な才能が成人後まで続くとは限らないことを皮肉る言い回しとして広まったとされる。備考
早熟な人を揶揄したり、過度な期待を戒めたりする際に使う、やや皮肉な表現。実際に才能ある子どもが大成しないと断定する言葉ではないため、相手を評価する場面では配慮が必要。例文
- 子どものころの成績だけで将来を決めつけてはいけない。「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」ともいう。
- 彼は小学生のころから天才少年として注目されたが、本人は「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人にならないよう努力する」と話した。
- 「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」という言葉を引き合いに出し、教師は生徒たちに継続して学ぶ大切さを説いた。
類義語
- 早熟は大成せず
- 早咲きの花は早く散る
対義語
- 大器晩成
- 遅咲き