堂が歪んで経が読めぬ
読み方
どう が ゆがんで きょう が よめぬ意味
本来は関係のない事情を口実にして、しなければならないことをしないことのたとえ。自分の力量不足や怠慢を、道具・場所・周囲の条件などのせいにして言い逃れることをいう。堂が少々ゆがんでいても、経を読むこと自体はできるはずだという考えに基づく。由来
正確な初出文献や成立時期は明らかではない。仏教寺院の「堂」と「読経」を用い、堂のゆがみは読経できない直接の理由にはならない、という不合理な言い分をたとえたことわざである。近世以降にことわざとして定着したと考えられる。備考
主に、言い訳をして責任を外部へ転嫁する人を批判する際に使う。実際に設備不良や環境の問題が重大である場合には、相手を不当に責める表現になりうるため注意が必要。例文
- 会議室の椅子が合わないから資料を作れないと言うのは、堂が歪んで経が読めぬだ。
- 準備不足をパソコンのせいにしていては、堂が歪んで経が読めぬと笑われても仕方がない。
- 多少環境が整わなくても、まず自分にできることを始めよう。堂が歪んで経が読めぬになってはいけない。
類義語
- 下手の道具選び
- 下手の道具調べ
対義語
- 弘法筆を選ばず
- 為せば成る